フィックの法則(Fick's Laws)とは、物質が濃度の高いところから低いところへ広がる拡散の速さを表す基本法則で、1855年にドイツのアドルフ・フィックが示しました。第1法則は、単位時間・単位面積あたりに流れる物質の量(拡散流束J)が、濃度の勾配に比例することを表し、J=−D×(dC/dx)と書けます。比例定数Dが拡散係数で、物質がどれだけ速く広がるかを表します。第2法則は、濃度が時間とともにどう変わるかを表す式で、∂C/∂t=D×(∂²C/∂x²)となります。
半導体では、フィックの法則はドーパント(不純物)の拡散を扱う基礎です。熱処理の間にホウ素やリン、ヒ素がシリコンの中でどこまで広がるかは、第2法則を条件に合わせて解くことで求められます。表面の濃度を一定に保って拡散させる場合(気相からの拡散)は相補誤差関数(erfc)型、一定量のドーパントを最初に入れて広げる場合(イオン注入後の熱処理)はガウス分布型の濃度分布になります。広がる距離の目安は拡散長√(Dt)で、拡散係数と時間の平方根に比例します。
拡散係数は温度に強く依存し、D=D₀×exp(−Ea/kT)というアレニウスの式に従います。シリコン中の代表的なドーパントでは、温度が100℃上がると拡散係数が1桁前後大きくなるため、熱処理の温度と時間の積み重ね(サーマルバジェット)を管理することが、浅い接合を作るうえで重要です。微細なトランジスタでは、短時間で高温にするスパイクアニールやフラッシュランプアニールで、ドーパントを活性化しながら拡散を最小限に抑えます。実際のドーパントの拡散は、点欠陥や電界、濃度によって速くなるなど、単純なフィックの法則からずれることもあり、シミュレーションで補正されます。